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2019年2月10日日曜日

ひきこもりの2月、近況。

私にとって2月はいつも一年で一番地味な月です。まず寒くて天気が悪い日が多いので、いつにも増して家にこもりがちになり、大してお腹すいてないのに寒いのを紛らわせるかのごとくつい食べてしまう。末端冷え性の症状が悪化、肌も全身めちゃめちゃ乾燥して体調イマイチ。。。などなど、マイナーに気分がダウンしがち。さらにクリスマスから年始にかけて散財した反動というか反省で財布のヒモも固くなりがちで、なんかこう、全体的に縮こまってる感じっていうか。

今年は、去年の夏から始めた夕方のストレッチとジョギング(といっても平日の夕方できる時に限り、一日ほんの15分程度のランですが、頑張りすぎるとイヤになっちゃうので、とにかく少しでも持続することを目標にやっとります)の効果でほーんのちょびーーっとだけ例年よりマシな気がしますが、どうなんだろ。気のせいかなあ。

と、そんな2月に入ってウダウダしてばっかりじゃダメになる〜と一念発起 、今週ついにEtsyにクラフトショップ「TubbingRummy」をオープンしました(リンクはこちら)。以前よりバンドのライブとかDIY系のマーケットで時々売っていた猫ブローチやバッジなどのほか、ロンドン情報コミュニティサイト「あぶそる〜とロンドン」の猫コラム「Cool for Cats」のシリーズをもとにしたzineなども販売しています。これらの一部はチャリティ目的で、売上はおなじみ地元のキャットレスキュー、Celia Hammond Animal Trustに寄付します。

DIYクラフターのオンラインショップなぞはDIYバンドと同じで、やっぱりギグをやらないとなかなか存在を知ってもらえないので、今年はローカルエリアを中心にクラフトマーケットなどにも参加できたらいいなと思ってまして、いろいろリサーチ中です。

クラフトといえば、実は去年からもう一つハマっているのが、フラワーレジン・ジュエリーづくり。昔から樹脂モノって好きで、特に樹脂に閉じ込められたお花のジュエリーやペーパーウエイト、あとスノードームなんかにもよく魅せられてたんですが、去年、ウェールズやロンドンで散歩中に摘んだ花で何かできないかなあと考えていて、そうだ、昔から好きだった樹脂を使ったジュエリーを作ってみようと思い立ったというわけです。で、やり出したら、これがいやー奥深くてハマるハマる。肝心の花を押し花にしてレジンで閉じ込めるまでのプロセスもそうですが、レジン完成後にジュエリーとして仕上げるまでの金具使いも、ちょっとした差で完成度が全然違ってくるので、延々と試行錯誤しているような感じです。でもめっちゃ楽しい。これもそう遠くないうちにマーケットとかで販売できたらいいなあと思ってます。



本物の花びらを使ったネックレス。ラミーも興味津々⁉︎
それからそう、最近このブログもちっとも更新せずで全然触れていなかったバンド活動について。今までやっていたもろもろのバンドが、メンバーの帰国やら海外移住やら出産やら何やらでこのところ活動休止状態、ペースダウン気味なのですが、そんな中、現在もかろうじてアクティブなのがStanfieldというSludge/doom/punk/metalバンドです。

StanfieldはDIYスペース周辺で結成されたバンド。もともとSludgeって何? ってぐらい、そのあたりの音楽をよく知らなかった私ですが、ボーカルに誘われ、せっかくなので試してみて、加入することになりました。基本的にギターのTommyが曲(歌詞を含む)を書いていますが、各パートでそれぞれ自分なりにアレンジしてみんなで仕上げている感じです。初ライブからすでに2年ほど経ちますが、こちらもメンバーの都合やら何やらでかなりスローペースな活動で、まだこのbandcampにアップしているデモテープの4曲しか完成していないという。。。でもおかげさまで時々ライブに誘ってもらったりして、去年はDecolonise Festにも出演させてもらったし、Blackened Death Records企画のWOMAN (Worldwide Organization of Metalheads Against Nazis)Ⅱ というコンピレーションに曲を提供したり(売上を国境なき医師団に寄付するという目的で制作されたコンピなのですが、なんとリリース数日で£1,200の売上を達成したという、素晴らしい企画です。こちらからコンピを言い値で購入・DLできます)いろいろ興味深いプロジェクトやイベントに参加させてもらっています。

以上、とりあえずの近況でした。今年はもう少し、ちょっとずつでも頻繁にアップデートしていきたいと思ってますので(いやいつもそう思ってるんだけど、なかなかできないのは何故なのか。 いや今年こそはほんとに)、懲りずにどうぞよろしくお願いします。

2018年11月15日木曜日

英国バスルーム改装事情

なぜか日々、追われているような気分でビュンビュン過ぎてゆき、あっという間にもう11月半ば。何度かブログを書こうと、書きたいこともちょこちょこあって、書こうとしたのですが、なぜかこれも果たせず。いったい私は何にそんなに追われてるんだろうと思うんだけど、なんなんだろ。仕事のせいかな。多分そうだな。でもそれだけじゃないんだよな。人生に追われてる感じがしてならん。

何はともあれ日本に帰国した5月から、夏をすっ飛ばして秋、それも晩秋になってしまいましたが、とりあえず最近の出来事から振り返ってみることにします。

その最近の出来事とは、自宅のバスルーム全面改装です。

現在住んでいるフラットは、いわゆるセミデタッチのタイプで、私たちも含めて全4世帯が入居しています。英国の住居は、ストリートから見ると同じ造りの家がずらっと立ち並んでいるように見えますが、ドアの向こうはかなり違う構造になっていることがよくあります。壁を隔てたうちの隣の家も、少し前までは中にたくさん部屋があって学生っぽい人たちが住んでいたようでしたが、ある時、突然住人を全員追い出して改装工事を始め(英国ではこのようにオーナーの意思決定次第で突然フラットを追い出されることがよくあります)、一年がかりの工事を経て、おサレな感じのフラットに様変わりしました。現在はおそらく私たちのフラットと同じような構造(34世帯が入居)だと思います。このように、外枠はそのままで(といってももちろん外装のメンテナンスは多少しますが)内部を改造するというのはよくあるパターンのようです。

私たちが住むフラットの建物も古い(1890年ぐらいの建物らしい)のですが、中に入っている4世帯の住居はそれぞれ個別に改装されており、造りも設備も異なります。めちゃめちゃ寒かった昨年冬になぜか我が家だけ水道管が凍って、数日間シャワーもトイレも使えなくなった際に、1階のフラットAにバスルームを借りるためお邪魔したのですが、うなぎの寝床のような構造で、コンパクトなうちのフラットとは全然違うし、バスルームもとても広く素敵な造りで羨ましい限りでした。うちと同じく2階にあるフラットCは外からちらっと覗き見したことしかないのですが、以前のオーナーが建築家だったこともあり、広々としていてアーティスティックな造りになっている模様。フラットDは半地下で、おそらく4世帯の中では最小スペースかと思いますが、代わりに裏庭が付いています。うち(フラットB)はおそらくフラットDよりは広さがありますが、裏庭はなし。裏庭がないのはうちだけなので、夏場はちょっと残念な気分になります。うちも庭があったら、昼間から庭でビール飲んだり、バーベキューしたりできるのになあ。

ベンいわく、我が家は以前の住人がおそらく90年代〜2000年前後ぐらいに少々改築しているとのことですが、造りがアバウトな箇所がところどころに見られます。また、どのフラットでもそうですが、窓枠を定期的に取り替えたり塗装し直したりしないと木が朽ちてきてしまうので、うちもこの夏にまず少々ヤバいことになっていたリビングルームの窓枠を業者に頼んで差し替えてもらい、全体を塗り直してもらいました。全体的に古いのでパッと見ではあまり気づかない部分だったりしますが、放っておくと腐って大変なことになってしまうらしいので、早いうちにメンテした方がいいらしいのです。

そして肝心のバスルームですが、トイレとバスが一体になっていて狭いにもかかわらず、無駄な部分が多い。壁に備え付けられたボックス棚や、トイレのシスターン(タンク)を覆っているカバーにチープなベニヤ素材が使われていて、これがまたカビやすい。タイルの溝もしつこいカビで黒くなっているうえ、壁や天井にヒビが入っていたり、ハゲてきたりしている。そして何よりも、小さい木枠の窓が、朽ち果ててきていてひどい状態になっている、といった具合でした。

特にこのボロボロに朽ちた窓枠、ベンが最初に入居した2011年の時点ではさほど問題はなかったはずとのことですが、私自身は2013年に初めて住んで以来、もうずっとボロかったような記憶しかありません。しかし実は2年半前に猫を飼い始めてから、バスルームに猫を入れないようにするためにドアを完全に締め切っているので、風通しがますます悪くなって湿気がこもりやすく、カビも発生しやすくなってしまったという事実があります。朽ち果てた窓枠は、その結果としての姿でもあるのでした。

そんなわけで満を持してこの秋、バスルーム全面改装プロジェクトにいよいよ着手することになったのです。

といってももちろん私たちが自分で工事できるわけではないので、まずは業者探し。オンラインで見つけて何人かに見積もりに来てもらいましたが、最終的にフラットDに住むザビアからのクチコミで聞いたラスランというビルダー(建築屋)さんにお願いすることにしました。クチコミの安心感もありましたが、とってもフレンドリーで感じがよく、頼もしい雰囲気だったのと、実はフラットCのバスルームも手がけていたことが判明したのも決め手でした。ちなみにこちらでビルダーやプラマー(配管工)といえば、まずポーランド人というイメージです。イギリス人よりも低賃金でよく働くから需要が多いのでしょう。ラスランはポーランド人ではないようでしたが、東欧出身であることは確かでした。

一番ひどい窓部分は窓専門の業者に頼まなくてはならなかったため、ここだけ先に別業者によって改装が行われました。その時はコックニー訛りの大柄なイギリス人が二人やって来て、ずーっと大声で世間話や身の上話をしながら作業していましたが、工事時間は半日ぐらいで、あんなにボロかった窓が見違えるほどキレイになり、換気も随分よくなって感動。全体の改装がますます待ち遠しくなるばかりでした。


窓だけ改装済みで、その他は工事前のバスルームの一部。
(ボロボロの窓枠を撮っておけばよかった!)
写真だとわかりにくいかもですが、壁のところどころがひび割れ、剥げかかっています
そしてその全体の改装は9月の最終週から2週間の予定で工事が入ることになったのですが、問題は、工事期間中トイレはかろうじてOKだけどシャワーが一切使えなくなるということでした。こんな時、日本だったら銭湯という素晴らしい施設がありますが、こちらはそうはいかず、シャワーを浴びられる場所といえばジムかプールしかありません。なので私は、最寄りのプールに通うしかないかな、久しぶりに泳ぐのもいいし、と思っていたのですが、公共プールのシャワーって共同シャワーであることが多いうえ、あまり清潔とは言えないことが多い。そこで、スイミングにも興味なければ普段からシャワーが長くて意外と潔癖なベンが「うちからなんとか通える範囲で料金もそこそこリーズナブルでシャワーに関する利用者のクチコミがそんなに悪くないジムを見つけた」と言うので、週末に二人で様子を窺いに行くことにしました。

そのジムとはOld Streetにある「Ironmonger Row Baths」という、おそらくジムよりもスパで知られている施設です。1931年に公共浴場として開設された建物を再利用しているため、当時の名残と見られる造りが館内に残っています。現在はBetterというレジャーサービス系の会社が運営していて、会員になるとロンドン市内に数カ所ある同様の系列施設が使い放題になります。
 
昔ながらの「Baths」の看板が目印
最初はジムとプールだけのプランでいいかなと思っていたのですが、スパを覗かせてもらったら、ハンマーム(いわゆるトルコ風呂、ターキッシュバス。簡単に言うと蒸し風呂)やサウナ、リラクセーションルームのほか、シャワーも完全個室でボディソープも備わっているし、バスローブやタオル、ビーサンも支給されるとのことで、もうこの際ちょっと料金上乗せしちゃうか〜と、オトナ買いみたいな感じで思い切ってスパ付きプランにしちゃいました(スパといってもジャクジーとかはないです。ハンマーム&サウナがメインです。マッサージなどの施術は別料金であります)。でもこれで正解だったと思います。なぜかというと、プールの後、ロッカールームの共同シャワーだけじゃ寒くてぜんっぜんムリだったからです。その点、ハンマームとサウナにどっぷり浸かって汗をかくとかなりすっきりして体もポカポカに。普段どれだけ体が冷えているのか実感することしきり。ちなみにベンはサウナも好きじゃないので、まともなシャワーとリラクセーションルームでの読書のために追加料金払ってたようなものでした。スパは一日だけの利用も可能のようですが、高くつくので、頻繁に通うなら会員になったほうが断然お得。ただ会員は月単位なので、経済的にもロケーション的(うちから片道で40分ぐらいかかるし、用事がなければ行く場所ではない)にもムリがある私たちは、とりあえず工事開始直前から会員になって1ヶ月で解約するという目論見でした。

こうして工事開始とともに、一日おきに電車に乗ってジムへ通うという、毎日の生活にハリがでるような、しかしめんどくさいような日々が始まりました。ビルダーさんは毎朝8時前には来てしまうので、私たちも普段より早起き。ベンは仕事の後、夕方からしかジムには行けませんが、私は早い時は朝8時半には家を出て仕事の前にひと汗かくという、シティのビジネスマンのようなことをしたり。といっても午前中のプールはご老人が多いんですけどね。

肝心の工事のほうは、ラスランは現場監督に徹していて時々顔を出しに来る程度で、実際の作業は別の人が一人で行っていました(名前を聞いたけど発音が難しくて忘れてしまいました。仮にAさんとします)。中年ベテランビルダーと見られるこのA さん、月〜土の朝8時から4時半ごろまでガッツリ働き、仕事をジャンジャカこなして日々着々と成果を出す素晴らしさなのですが、英語がほとんどわかりません。もう一人、解体作業と塗装を担当する若い男性Bさんも何日か作業しに来て、彼も英語をあまり話せない様子でしたが、何度かやりとりするうちにこなれてきて、問題はありませんでした。

一方Aさんの英語力はうちの父親レベルで、ハローとかグッモーニンとかサンキューなどの簡単な言葉はわかるのですが、朝、ハワユー?と声をかけてもムッツリ無表情で反応なしだし(でも日本でもよく知らない人や初めて会った人に「お元気ですか?」とか「調子どうですか?」とか聞かれたら「は?」という感じになるかと思うので、もしかしたら彼の母国もこういうことは聞かない文化で、何を聞かれているのかよくわからんという感じだったのかもと後で思いました)、例えばこちらが「ちょっと出かけてきます」とか言うと、もうチンプンカンプンです。しかしそんな時のためのグーグル翻訳というわけで、会話が難しい時は彼のケータイを使って筆談です。

でもそうやってやりとりしているうちに、Aさんがモルドバ出身で、コーヒーの好みはブラックで砂糖2杯、そしてボイラーの様子を確認するためにリビングルームに入ってきた際にタムタムとラミーを見かけて「オォ〜XXX!」(母国語で「ねこ!」と言ったのだと思います)と言ってナデナデしようとしたことから、猫好きであることも判明しました笑。

それにしてもAさんもBさんも、おそらくロンドンに住んでいるのではなくて、母国から出稼ぎに来ているのではないかと思いました。ロンドンに住んでいたら、たとえ普段、自国のコミュニティとしかほとんど接しないとしても、もう少し英語ができると思うのです。ラスランは間違いなくロンドン在住だと思いますが、もしかしたら彼らと同郷かもしれません。英語が堪能でオーガナイズ力があり人あたりもいい組長ラスランが、ロンドンでひと旗上げるべく故郷からメンバーを派遣しているような感じでしょうか。何はともあれいい仕事をしてくれたし、同じく海外在住の身としても応援したいですけどね。

あ、それから、こちらでバスルームを改装する際の大きなポイントは、工事は業者に頼めるとしても、マテリアル(バスタブからトイレ、タイル、キャビネットなど何から何まで)はすべて自分たちで揃えなくてはならない、ということです。ある意味、デザイン設計を自分たちでやらなくてはならないので、私たちもまず週末に一度バスルームのショールームに行き、現物を見て料金を比較することから始めたわけですが、これ、結構悩みます。もちろん不明点などは業者に聞けばアドバイスしてくれるし、資材を買い揃えるにあたってお店も紹介してくれたりしますが、例えばどこにどのタイルを使うかの判断とか、壁や床の長さや面積を測ってタイルが何枚必要か計算して注文するのもこちらの仕事です。うちの場合、とにかくシンプルで掃除しやすいのが一番というベンの意向に沿って、最終的にモノトーンのミニマリスティックなデザインとなりましたが、それでもタイルの色や大きさ、ちょっとしたデザインの違いなどで随分イメージも変わると思うと、やはりちょっと慎重になりますよね。

しかもこれらの購入資材が届いたら、工事で各素材が必要になるまで自宅のどこかに置いておかなければならないわけで、仕方なく私の持ち物がすべて置いてあって普段仕事場にしているスペアルームを資材置き場にすることにしました。このスペアルーム、夜間は猫たちの寝場所にもなっているのですが、さすがに割れ物がたくさん積まれたダンボール箱だらけの部屋を猫たちに開放するわけにもいかないので、工事期間中は彼らをリビングルームの外へは出さないようにしました。猫たちも最初はナニゴト⁉️といった感じで落ち着かず、リビングのドアが開くたびに身をかがめて向こうを窺い、隙あらば脱出という構えを見せていましたが、やがて工事の騒音や人の出入りの音などに慣れてきて「ニンゲンたちがまたなんかやり始めたけどしゃーねーなーちょっとがまんしてやるか」てな感じで、あきらめて大人しくしてくれてました。

しかしそんなこんなで室内は日々散らかり放題、夜間はタムタムによる連夜の睡眠妨害、週末問わず毎朝の早起き、シャワーのためのジム通いなど、非日常パターンの連続に加えて、そういう時に限って案の定仕事も忙しかったりで疲れる疲れる。が、一日の終わりに工事の進み具合を見るのが毎日の楽しみではありました。


装飾を全部外してタイルを剥がしたらこんなホラーな有様に

DIYスペース建設の際に防音のための緩衝材を施す
作業をしたことを思い出しました

壁の状態がよくなかったため、急遽全面補強することに
大昔の花柄の壁紙のようなものが出てきた!


タイル貼りが始まってからはあっというまでした。
バスタブ側とトイレ側で微妙に異なるタイルを使用しました

一方リビングルームでは、ちょうどこの日、
窓掃除がやって来て、タムタムが釘付けに
スペアルームのデスクで仕事している時は一度も膝の上に座ったことなんかないのに、
リビングのダイニングで仕事していたらなぜか膝の上に乗っかってきたタムタム
 
グラウティングが済むと、タイルの白さが際立ってぐんと明るくなりました。
シャワーとスクリーンも設置され、
やっと家でシャワーを浴びられるようになった2週間後の週末 

その後、天井やドアの塗装までしてもらって、
すっかりキレイになりました〜

工事はほぼすべて予定どおり順調に進んだのですが、一つだけ問題がありました。 壁に設置する予定だったガラスの棚が、いざ設置する段階になって箱を開けてみたら割れていたのです……。お店のウェブサイトを見ると、配達による破損などの場合は商品到着後48時間以内に報告のない限りは返金不可となっていてダブルショック。すでに10日以上経過していたからです。大量の資材が一気に届いたため、中身をすべて確認しなかったのはこちらのミスですが、それにしてもガックシ。£65ほどドブに捨てたみたいな(泣)。でもこういうことってよくあるんじゃないかと思うんですよね。あの状態でいちいち全部の箱を確認なんてできないよ〜。お店ももう少し時間に余裕持たせてくれてもいいのに。

翌日には工事が完了する予定だったので、これから注文しても契約期間にも間に合わないし、後で自分たちでどうにかするしかないかと思っていたら、親切にもラスランから「来週からまた別のプロジェクトでこの近所で仕事してるから、新しい棚が届いたら言ってくれればサービスで設置しに来てあげるよ」との寛大なオファー。ありがたい〜。しかもバスルームのデザインが具現化した今となっては、棚の設置プランも少々変更したくなり、結局、他のお店から別の棚を購入して設置位置も変更しました。なので結果的にはよかったかもしれん。そうだそうに違いない。

その後、ラスラン組はその近所のプロジェクトで忙しかったようで、棚が設置されるまでそれから数週間待つことになりましたが、約束どおり、空いている時間を縫ってラスラン本人がある日再びやって来て、パパッと設置してくれました。これでバスルーム全面改装100%完了! めでたしめでたし。ハウスウォーミングパーティならず、バスルームウォーミングパーティ(バスタブでシャンパンとかね)でも催したいところですけども、とりあえずはこのクリーンな状態をできるだけ長く持続できるよう、きれいに使っていきたいと思います(いつも週末、ベンがめっちゃ気合い入れて掃除しています。いつもありがとうベン)。

あ、そういえばもう一つ誤算が。さてジムを解約しようとしたら、すでに10月の解約有効日を過ぎていて、11月いっぱいまでは会員料を支払わなければならないことが判明、、、というわけで今月も元を取るべく、精一杯ジム&サウナ通いしています。

2018年2月23日金曜日

お葬式

先月、ベンのお父さんのジョンが亡くなりました。
ジョンがガンと宣告されたのは、私たちがちょうど日本に帰っていた昨年の5月。ジョンの気遣いで、私たちがその知らせを受けたのは6月にロンドンに戻ってきてからのことでした。それからたった8ヶ月で逝ってしまいました。

日本に帰る前の4月にイースターでウェールズに帰省した際、ジョンにおいしいランチをご馳走になったのですが、その時「持病のヘルニアがまた発症したので近々病院に行かなくちゃ」という話をしていました。しかしそのヘルニアの治療で訪れた病院でガンが発覚し、しかもすでに手遅れという信じられないような話でした。というのも、ジョンは健康には気を使っていて、自宅にフィットネスルームを構えたり、年に一度はロンドンのハーレーストリート(一流の開業医によるプライベートの医院が並ぶいわゆる「名医街」)のドクターから健康診断を受けたりしていたし、パートナーのモーリーンとしょっちゅうあちこち旅行に出て歩き回っていて、ヘルシーライフを送っていたのです。もとは胃ガンだったようですが、発覚時には肝臓などに転移していたらしく、余命は「何年」じゃなくて「何ヶ月」の話だと言われたそうです。

でもジョンのすごいところは、ショックを受けながらも残りの人生を有意義に過ごそう(本人談)と、気持ちを切り替えて身辺整理を始めたことです。少し前から売却しようとしていたポルトガルの別荘をさっさと売り払って片付け、ビジネスや財産の整理をし、パートナーだったモーリーンと結婚し(遺産がらみの理由かと)、モーリーンが以前から欲しがっていたけれど、ジョンは「ヨボヨボになって、もうどこにも旅行に行けなくなったら飼う」と言っていた犬をモーリーンのために飼い始めるなど、今のうちにできることはすべてやっておくという感じでした。弱気になったりセンチメンタルになってしまったりしてもおかしくない状況のなか(私たちに見せないだけで、そういう時間を過ごしたこともあったかもしれませんが)、こんなふうに素早く行動に移すなんて、誰もができることではないと思います。

そんなわけで私たちもジョンの都合に合わせてできるだけウェールズに足を運ぶようにしていて(幸い私が会いに行った時はいつも調子がよく、普通にみんなで外でランチしたりしました)、特にベンは、ジョンが数週間に一度、延命治療として受けていた抗がん剤治療日の前後は仕事を休んでウェールズまで行き(ベンの地元はロンドンからだとかなり遠くて、ドアtoドアで7時間ぐらいかかる)、病院に付き添ったりしていたのですが、最後の数ヶ月は急激に容態が悪化し、予定していた抗がん剤治療もキャンセルして自宅で療養していました。

しかも、サービス精神旺盛でいつも元気に喋りまくっているお父さんだっただけに、「会いに来られても何もできないので来ないでほしい」と言うのです。これにはみんな困惑し、どうしたものかと悩みました。ベンとポールの腹違いのお兄さんで、ウェールズに住んでいるティムも困惑していたようで、普段ベン&ポールとはあまり連絡を取っていなかったのですが、この時ばかりは頻繁にやりとりして、どうしたら一番いいのかみんなで模索していました。

ジョンと一緒にいるモーリーンがパソコンや携帯電話をほとんど使わない人で、コミュニケーションが取りづらく、状況が把握しづらいのも悩みのタネでした。それでも、外交的で行動派のティムは、近所に住んでいることもあり、折を見てちょくちょく足を運んでいたようなのですが、モーリーンに話して家に入ることができても、お父さんに見つかると「どうやって入ったんだコラ!来るなって言っただろ」と、冗談とも本気とも取れるような感じで言われていたようです。

ティムから聞いてちょっと可笑しかったのは、ベンとポールがティムよりも8〜10歳ほど下のせいか、ジョンはベンとポールのことを一緒くたにしてよく「ボーイズ」と呼んでいたらしく、「家に来るな」という件についても、ティムに「"ボーイズ" にもそう伝えるように」と言い、ティムが「わかった」と言うと、両手でサムズアップのポーズを取っていた、という話です。その光景がありありと目に浮かぶようで、哀しいんだけどついみんな笑ってしまうのでした。

12月の半ば、ジョンの容態がかなり悪いとのことで、私もベンと一緒に急遽ウェールズに出向いたのですが、この時もやはり会えずじまいでした(代わりにティムと会っていろいろ話せてよかったのですが)。ジョンはまるで「この病と一人で闘う」と固く決心したかのようでした。でも何とか私たちの気持ちだけでも伝えられるようにと、家までとりあえず行ってカードを置いて来たところ、後日ティムからメールがありました。

何やらジョンは、ほぼ寝たきり状態の具合の悪さだというのに、家の屋根の雨漏りが気になっていたらしく、修理を依頼するようにモーリーンに言っており、その修理工がティムの友人だったので、修理のたびにティムもくっついて様子を見に行っていたらしいのです。ティムのメールには「ベッドサイドに確かにカードが置いてあった!」とあり、その時のジョンとのやりとりを事細かに再現してくれていました。

カードは、たまたまベンの実家にあったものを使ったのですが(ベンの亡き母ジャンがかつて保管していたカードを集めた箱を、クリスが出してきてくれて、その中から選んだ)、ベンとポールの幼少期、まだジョンとジャンが結婚していた頃に住んでいたというフレッシュウォーター・イーストの風景が写っているものでした。

ティムが訪れた時、ジョンはかなり具合が悪かったらしいのですが、ティムが「いいカードだよね」と言うと、「ああ、とても」と言い、書いてあるメッセージを読み上げてほしいと頼んだそうです。ティムが読み上げると、ジョンは「ラブリー。ありがとうって言っといてくれ」と言い、続けて「それはフレッシュ・ウエストだな」と言うので、ティムが「フレッシュ・イーストだよ」と修正すると「ああ、そうだった」とにっこりし、「すてきじゃないか、なあ?」と言ったそうです。

その後ティムが、みんなお父さんのことをとても心配していると伝えると「わかってる、かなり具合が悪くて本当に残念だけど、もう誰にもどうにもできないんだ」と言い、しかもそんなに具合が悪いというのに、「ベンには(ロンドンから来てるのに会えずじまいで)電車賃を無駄にさせちゃったな」なんて言っていたそうなのです。でもティムが、「ベンも心配でできるだけ近くにいたいと思ったんだよ。みんなで会って話してたんだ」と伝えると、ティム、ベン、ポールの3人の息子が集まったことをとても喜んで、うれしそうに聞いていたんだとか。

と、これを書くためにそのメールを読み返したのですが、今読んでも泣いちゃいます、ほんと。

この時点ではもう、私たちは辛抱強く連絡を待つしかなく、しかもその連絡は悲しい連絡でしかないという状況で、何をしていてもいつも頭の片隅にモヤがかかっているような、晴れない気分が続いていました。数週間後にはクリスマスで、いつも通りウェールズに帰省はしましたが、通常は24日のイブにジョンの家を訪れ、クリスマスデーは実家でクリスとポールと過ごし、ボクシングデーにはジョンの親戚の家にみんなで集まるのが常だったものの、今回はもちろんそういうわけにはいかず、静かな数日間でした(でもクリスマスデーは相変わらずクリスが美味しいローストディナーの豪華コースを用意してくれて、和やかに過ごしました)。

ジョンへのクリスマス・プレゼントもどうしたらいいのかわからず、かといって何も用意せずというのもなあと思い、ベンに千羽鶴の飾りを作って届けることを提案してみたら、そのアイデアを気に入ったようだったので、ベンも折り方を覚えて、二人で鶴を折り始めました。まあ千羽となると折るのも時間がかかるし、ボリュームも出るので受け取る方も扱いに困るかも……それに何より気持ちが大事だろうということで、見た目に可愛らしい、邪魔にならない程度の小さい飾りを作ることにしました。それで大小の鶴を50羽ほど折り、それを束ねてオーナメントとして仕上げ、簡単に説明書きを添えて箱に入れ、クリスマスの前日、ジョンの家の前にカードと一緒に置いてきたのですが、その後、連絡はありませんでした。

そして年が明けて16日。ついに訃報を聞いてしまいました。それはなんと、ちょうどティムがまた屋根の修理工と一緒にジョン宅を訪れていた時だったそうです。そう聞くと、最期にティムが来るのを待っていたんじゃないかとも思えます。ここでまたすごいのは、ジョンは「自分が死んだ時に連絡を入れる人のリスト」まで作成しておいたらしく(!)、泣き崩れて何もできる状態ではなくなっていたモーリーンに代わり、ティムが葬儀屋とこのリストに掲載してある人たちに連絡したそうです。

ベンは、悲しいのはもちろんのことですが、その一方で、正直なところ少しほっとしたような感じでもありました。ジョンが痛みに苦しんでいることも知っていたし、心配しながら「いつ来るのかわからないけど、いつか確実に来る悲しい連絡」を待っているのは、やはり堪えます。長い期間ではなかったとはいえ、何がなんだかわからないまま逝ってしまったジャンの時に比べたら、多少心の準備をする時間が持てたのも大きかったと思います。

ジャンの時もそうでしたが、イギリスでは日本と違って、死後1週間から10日ぐらいの間にお葬式が行われます。今回も10日後でした。

ジャンの時は、私たちが、それこそ当時ポルトガルにいたジョンに会いに行った日、空港まで迎えに来てくれたジョンの車の中で突然、急死の連絡が入るという信じられない状況で、翌朝のフライトですぐにとんぼ帰りしたものの、ウェールズに着いてからも、しばらく遺体と対面できませんでした。日本だったらまず病院に駆けつけて……と思いますが、そんな流れはありませんでした。そして数日後に、クリス、ベン、ポール、私という側近の家族だけで葬儀屋に足を運び、そこで棺の中に納まっていたジャンと対面したのですが、私以外はみな、顔を見ることはもちろん、遺体に近寄ることも辛く、ただその空間を共有するだけで精一杯という感じで、近寄ってじっと顔を見ている私の様子が逆に異様に見えたようでした。それまで考えたこともなかったけれど、この時初めて、死者を「見届ける」という行為は万国共通ではないんだなと気づきました。

そのさらに数日後に行われたお葬式の当日は、身内が集まった自宅に、葬儀屋から霊柩車で棺が届けられ、神父さんに祈りを捧げてもらった後、教会に移動して一般の参列者とともに葬儀という流れでした(ジャンはカウンセラーとして働いていたこともあり、患者さんをはじめ本当に多くの参列者が集まりました)。霊柩車から棺を下ろし、教会の中へ運ぶ時と、葬儀終了後にまた棺を霊柩車へ(または墓地が隣接していれば墓地へ)運ぶ時、一般的には遺族や親族の男性4人で肩にかつぐなどして運ぶのですが、ジャンの棺は木を編んだ籠のようなもので作られた特注の棺で、持ち手が横についていたので、私も運搬役の一人に名乗り出ました。棺はずっしりと重く、とても緊張したけれど、何かお手伝いしたかったので、やらせてもらえてよかったです。

そして棺は霊柩車で墓地へ移され、家族や親族、身近な人々に見守られるなか、所定の墓穴に棺が下ろされ、参列者が順次、箱に入った土を少し手に取って、それを地上から棺にかける儀式が行われました(日本のお葬式のお焼香のような感じで、参列者が一人ずつ順番に行います)。一輪の花や、一緒に埋めてほしい小物を捧げている人もいました。神父さんはこの間ずっと祈りを捧げています。実際にすべての土を戻して埋葬するのは後に葬儀屋さんが行うので、事実上、これで終了です。当日、棺の蓋は一度も開けられることはなく、顔を拝むこともありませんでした。ちなみにこちらでは遺影が飾られることもありません。

ジャンはバプテスト教会、ジョンはイングランド国教会と、教会は異なりますが、ジョンの時も流れはだいたい一緒でした。ただ、本葬の前夜に、教会で家族(妻のモーリーンおよび3人いるモーリーンの娘とその家族、そしてティムの家族と、ベン、ポール、私)だけが集まる告別式のような会が設けられ、棺もこの時点で葬儀屋から教会に運ばれてきました。しばらくジョンの姿を見ていなかったこともあり、頭ではわかっていても実感がわかない部分がありましたが、この棺が車に乗せられて運ばれてくるのを見た時、途端に胸が詰まりました。あの木の箱の中で眠っているのかと思ったら、突然すべてが現実味を帯びてくるような感覚でした。その後の式では、女性の牧師さんが祈りを捧げ、一人ひとりロウソクを灯して、みな棺のそばで、しばらくしめやかな時間を過ごしました。

翌日午後、親族や友人たちが教会に集まり、本葬が行われました。昨夜と同じ女性の牧師さんで、もう一人の修道士さんも女性でした。ジャンの時もそうでしたが、普段から教会に足を運んでいたので、牧師さんもジョンのことを知っていて、スピーチの時に思い出話をしたりするのがいいなあと思いました。

こちらのお葬式では、各参列者にパンフレット(進行表)が配られます(日本の結婚式で配られる進行表と似たようなものです)。賛美歌の歌詞などもそこに書いてあるので、私のように、馴染みがなくても歌詞を見てだいたいで歌うことができます。式の内容としては他に、代表者による聖書の一節の朗読や、いわゆる故人に捧げる弔辞、ユーロジー(スピーチ)があります。このユーロジーは通常、親族や友人の代表者数人によって行われ(ジャンの時は友人代表のほか、ジャンの弟のコリン、そしてベンも行いました)、内容もしっとりとしたものから、笑いを誘うもの、心温まるものまで、それこそ千差万別なのですが、ジョンは「自分の葬式のユーロジーは親友のディック・フランシス唯一人でよし。つまらんポエムのような類は一切不要」と言っていたそうで(ジョンはディラン・トーマスが好きだったし、ちょっとしたポエムなども好きだったらしいので、これを聞いた時みんな少し意外だったようです)、その遺言どおり、ディック一人が行いました。

ディックは、すいぶん前にこのブログでも一度触れたことがあるのですが、ベンの実家近くで牧場を経営している人で、アップトン・ファームというアイスクリームや冷凍食品のブランドも持っている牧場主兼実業家です。ジョンとは公私ともに気の合う友人だったようで、しかもベン&ポールと同年代の息子たちがいるので、ベンが小さい頃よくお互いの家を行き来していたんだとか。実はこのお葬式の2日前の夜、ディックとその妻のマギーが、私たちをディナーに招待してくれました。ベンも彼らの家を訪ねるのは子供の時以来だったようで、懐かしかったようです。お腹いっぱいご馳走をいただき、みんな思い出話に花を咲かせ、ユーロジーで話すネタを確認したりして、いい夜を過ごしたのでした。この日の最後にディックが「よし、みんなでジョンを和やかに見送ってやろう」と言ったのが印象的でした。

そんなディックのユーロジーには、ユーモアに満ちたジョンの面白い逸話がぎっしり詰まっていました(すごい速さでたくさん喋ったので、私にはついていけない箇所もありましたが笑)。何といっても印象的だったのは、パーティか何かでディックとジョンが初めて出会った際、当時、帆船で航海によく出ていたジョンに、未経験のディックが自分も興味があると言うと、じゃあ今度誘うよ、という話になったらしいのですが、その何日か後にいきなりジョンから電話がかかってきて「ハロー、ディック。この間会ったジョンだけど。今から航海に出るんだけど一緒に行かないか」と言われ、ええ?こんな突然に!? と思いながらも「行く」と返事して、その20分後には船の上にいた、そこからジョンとの長く続く友人関係が始まった、という話でした。

またジョンは、地元でナイトクラブや映画館、ビンゴホールなどを経営していたこともあって(ハガー家の祖先は実は映画産業にも関わっていて、ちょっとしたショービズの歴史があるのですが、その話はまた別の機会に)、そのクラブにちなんだ伝説的(?)逸話がいろいろあり(例えばキンクスにドタキャンされたとか、ビートルズも有名になるのがほんの少しだけ遅ければライブしていた予定だったとか)、なかでもウケるのが、ピンク・フロイド(!)がツアーで二度ほどやって来て、その当時ジョンが飼っていた犬をメンバーがとても気に入り、売ってくれないかと言ってきたという話でした。もちろん売らなかったらしいですけど(笑)。

ペンブロークの街でかつて営業していたハガーズ。
1階が映画館、2階がヴェニューだったそうです。

ディックのユーロジーを堪能し、牧師さんのスピーチやいくつかの儀式、賛美歌斉唱などを行って無事にお葬式を終えた後、教会の裏庭にある墓地に移動し、棺が墓穴に下ろされました。ジャンの時と同様、土葬でした。そしてやはり終始、棺が開けられることはありませんでした。

その後はみな近所のパブへ移動し、広い貸切ルームに用意された軽食をつまみながらの会食タイム(ジャンの時はケータリングサービスを利用して自宅で行いましたが、大抵の場合はパブで行われるようです)。教会には来なくても、この会食にだけ参加する人たちも結構いました。ジョンは兄弟姉妹が多いので、ベンとポールのいとこたちや、その家族など、私は初めて会うたくさんの人々が集っていました。

多くの人たちが「ジョンに最後に会えなかったのは残念だけど、『元気な自分の姿を覚えておいてもらいたいから会いに来ないでほしい』という彼の意思を尊重したかった」とか「存在感のある人だったから、とても実感がわかない」とか口々に言っていて、ただただ頷くばかりでした。ジョンの思い出写真が飾ってあるコーナーも設けられていて、若い頃のベンとポールと一緒に写っている写真などもあり、興味深く眺めました。

また、そこでモーリーンと、私たちがクリスマスに届けた鶴の折り紙のオーナメントの話になり、「あれ、二人ともとても気に入ったのよ」と言ってくれて、ああ、ちゃんとジョンに届いてたんだなあと思って、とてもうれしくなりました。

ちなみにお葬式の時の服装について、「英国では日本と違って黒だけとは限らない」などと書かれているブログなども見ますが、やはり基本は黒だと思います。ただ日本ほど細かい決まりはなく、黒だけどフォーマルではなく、カジュアルな感じの服装の人もいるし、アクセサリーなどの備品も比較的自由だと思います。モーリーンも割と目立つ感じの白いテーピングが入った黒のスカートをはいていたし、足元もブーツだったりしていました。暑い季節ならノースリーブのワンピースや、胸元が比較的大きく開いたドレスを着ている人もいたりします。男性は黒のスーツに白シャツ、黒のネクタイが基本で、ベンもまさにこのスタイルでしたが、バッグはいつも使っているカーキ色のリュックを持ってたし(笑)。

実際、黒ではなくてグレーっぽい色の服だったり、チェック柄のジャケットなどを着ている人も見ました。なかでも今回、日本人の私から見て一番「おお」と思った服装は、ジョンの妹(ベンのおばさんの一人)のダイナで、パープルのパンツに花模様の刺繍が入ったブラウンの帽子という姿でした。ユーロジーを読み上げたディックも、麻っぽい素材のダークグレーのピンストライプのジャケットだったと思います。ベンいわく「若い世代のほうが型通りのスーツで、退職して悠々自適な生活を送っている中高年のほうが少しリラックスした感じの服装をしてる」とのこと。言われてみると確かにそうかも。今回初めて会ったジョンの昔からのお友達という人たちは、みんな「なるほど」というぐらいジョンにどこか雰囲気の似た人たちで、面白かったです。やっぱり似た者同士が集まるんですかね。

余談ですが、こちらには香典のようなものは習慣としてありません。供花は故人に向けて贈りますが、日本のように背の高いものではなく、平たくアレンジされた巨大なブーケのようなもので、メッセージカードを添え、棺の上や周辺に飾られます。供花の代わりに、その代金をチャリティに寄付するという形で弔意を示す人も珍しくないようです。

また、これはあくまでも私の個人的な経験からくる感慨ですが、日本だと「最期を見取る」ことや「死に目に会う」ことはとても大切なことと考えられていて、お葬式でも会葬者が棺に横たわっている故人に白装束を着せるのを手伝ったり、故人の体に触れたりすることもありますが、こちらではもっと距離感があります。私は日本で育った日本人なので、やはりできることなら最期にきちんとお別れしたいと思うのですが、でも何をもって「きちんとお別れ」というのかは、正直よくわからない部分もあります。

以前デンマーク人の友達とこういった違いについて話した時も「自分たちは身近な人の死という事実に耐えられなくて、目を背けたいというのがあるんだと思う」と言っていたのが印象に残っているのですが、でも私も今はむしろ、遺された人たちにとってその方が悲しみや苦しみが少ないなら、それでいいのではないかと思うようになりました。事実は変えられないのだから、いくら目を背けようとしても完全に背けられるわけではなく、それなら自分の許容範囲で向き合えばいいのではないか。泣いているから悲しい、というような単純なことではないと思います。

棺に横たわるジャンを見て、クリスが「これはもう自分が知っているジャンではない」と呟いたのを覚えています。おそらくクリスは、ジャンは自分の心の中にいるということが言いたかったのではないかと思いますが、こんなふうに、見方や考え方、とらえ方は人それぞれかと思います。ジョンが「みんなに覚えておいてほしいのは自分の元気な姿。だから会いに来てくれるな」と言ったのも同じような理由ではないかと思うし、確かに今もこれからも思い出すのは、いくつになっても自分の人生を楽しんでいる元気なジョンの姿以外にありません。

少しはにかんだような表情を浮かべる若かりし頃のジョン。
ベンにとってはもう少し血気盛んな(?)お父さんの印象が強かったようで、
この写真を見て「こんな表情の頃があったんだなあ」なんて言っていたけど、
晩年もどこかにこんな面影を残していたように私には思えます。

2016年12月31日土曜日

グッバイ2016年

夏のいろんなイベント旅行について書いていくつもりだったのが、またまたすっかりそのままになってしまい、気づけばもう大晦日!!ぎゃー。2度にわたって出かけた8月のウェールズ、楽しかった9月のスペイン(ガレージパンク系のフェスFuzzville目当てで友達とも再会)、10月のコペンハーゲン(PAMsレコーディング)など、書きたいことはいっぱいだったのですが、とにもかくにも毎日時間に追われっぱなしで、実行できずじまいでした……。時間をもっとうまく使えるようになれるといいんだけど、これがなかなか難しい。SNSを全部やめたらもう少し時間ができるような気がしないでもないけど……。

そういえばお知らせですが、元上司で友人の江國まゆさん(「歩いてまわる小さなロンドン」(大和書房)著者)が運営するロンドンのコミュニティeマガジン「あぶそる〜とロンドン」で、先月からネコについてのコラム、というかブログ「Cool for Cats」の連載を始めました。最初の何回かはこのブログで書いたこととカブッてる部分がありますが、今後、ネコ関連のネタはこちらで書いていきますので、興味のある方はよかったら見てみてください。今のところ隔週更新予定です。

今年もクリスマスはウェールズに帰省しました。タムタムとラミーがいるので例年のように長々と年明けまで滞在することはできず(帰省中は友達に来てもらって面倒見てもらいました)、親戚まわりだけ済ませて帰ってきた感じです。しかし、警戒していたものの、去年より少し自制心が緩んでいたせいか、案の定けっこう食べてしまいました。乳製品大好きな私ですが、やっぱり乳製品を英国人並みに食べて消化できる胃は持ち合わせていないので、合間に醤油や出汁や海草類を挟まないと腹具合がおかしくなっちゃうのであります。しかもその前の忘年会などで外食続きだったこともあり、以来ずっとお腹の調子が悪く、疲労も重なり寒さにもヤラれて、この年の瀬はちょっと弱り気味です。そんななかベンのウェールズの友達で現在、中東に住んでいる夫妻が、年明けに中東に帰る前にロンドンに立ち寄るってんで昨日からうちに来ていて、今日は一緒に年越し予定です。

日本はもうまもなく年明けですね。みなさんよい年をお迎えください!
年の瀬を迎えた霧のロンドン

■today's disc: Saturn Strip/Alan Vega
デイヴィッド・ボウイ、プリンス、ピート・バーンズ、ジョージ・マイケルなどなど、今年は80年代のスターが大勢亡くなりました(個人的にはプリンスの打撃がかなり大きかった)。アラン・ヴェガもその一人です。それまで彼のソロ曲あまり聴いたことがなかったんだけど、聴いてみたらツボすぎて、どうして今まで聴かなかったのかしらと思いました。そんなわけで今年一番繰り返し聞いたアルバムがこれです。ご冥福をお祈りします。

2016年5月22日日曜日

ざっくり近況

バタバタ追われているうちに日々が過ぎ去り、3ヵ月ぐらい放置してしまいました……。仕事で長時間コンピューターに向かっているので、自分の時間にもコンピューターに向かう気になかなかなれなかったというのもあるし、ちょこちょこSNSに吐き出していることで気が済んじゃっている部分もあったり。

して、この3ヵ月のニュースは……まずバンド関係では、Cat Smellに続いてFlemmingsにもベースで参加することになりました。Flemmingsはもともとギター2本(そのうち1人はPAMsでもおなじみのMads)+ドラムの3ピース・ボーイズ・バンドなんだけど、現在デンマークに住むMadsの都合がつかない場合でもロンドンでライブができるように、ベースで補えないかということで誘われました。2月にあったOddboxのオールデイヤーのイベントに出演するため、Madsがロンドンに1週間ほど帰ってきたタイミングでリハーサル、ライブ、2日間のレコーディングにDIYビデオシューティングまで行い、さらにいろんなゴタゴタもあったりしてかなり忙しかったど、生産的な1週間でした。音源や動画はまだ完成していないけど、そう遠くないうちにお知らせできたらいいなーと思います。

3月は仕事が忙しくて日々追われっぱなし、あれこれやることがいっぱいゆえに考えるだけで疲れて、どれもなかなか進まない……というトホホな状況でした。温泉やマッサージが本当に恋しかったな……。そんな中、癒しの存在だったのはもちろんタムタムとラミー♥ 2匹ともすっかり我が家に慣れ、日に日に大きくなってきて、それぞれの性格も際立ってきました。猫も概してオスとメスで性質が異なり、人間のそれととても似ているようです。いやーしかし毎日新しい発見があるし、とにかくオモロくてたまらん。一日中見てても飽きない。ブログになかなか取りかかれないのは、猫に時間を取られているせいもあります(ほんとです)。相変わらず写真は毎日のように撮っているわけですが。以前、Instagramとかで犬や猫のアカウントを見るたびに、なんでこういうのやろうと思うのかなーとよく理解できなかったんだけど、今となってはその気持ちがよくわかる。だってそうしないと、自分のアカウントにアップする写真が猫の写真ばっかりになってしまうのよね……。この数ヵ月の彼らの成長アルバムは、後ほど別記事にてご紹介します。

4月も引き続き慌ただしい日々でしたが、23日におかげさまで結婚2周年を迎え、今年も記念旅行に行ってきました。実は当初、All Tomorrow's Party(音楽フェス)がちょうどこの記念日の週末にウェールズ北部で開催されることになっていて、好きなUSガレージ系のバンドがたくさん出演する予定だったので、ずいぶん前にチケットを取り、これに行くつもりだったのですが、なんと開催4日前にしてキャンセル。あまりにもショッキングで腹立たしいこの一件については、まだ決着もついていないので、折をみてまた書きたいと思いますが、とにかくそんなわけで急遽予定を変更し、イギリス南西部のコーンウォールへ行ってきました。こちらも詳しくはまた後ほど……。

そして今月、5月のアタマはFlemmingsでノッティンガム、ケンブリッジ、ブリストル、バーミンガム、最後にロンドンと5日間のミニツアーを敢行、これもまた楽しかった!けっこうギリギリになって計画した割には、各地のよき友人たちのおかげでもろもろスムーズに運び、収支もほぼプラマイゼロで済んで大成功でした(って、私は特に何もしてないんですが)。今回はケンブリッジで空き時間にパンティング(ケンブリッジ名物の手漕ぎボートによる川下り)をしたり、ブリストルで有名な巨大吊り橋を見に行ったり、はたまたドラマーのJezが熱心にサポートしているウルヴァハンプトン(英中部)のフットボールチーム、通称Wolvesの試合をJezに連れられてみんなで見に行ったりと、ライブ以外の時間も充実でした。シャワーを2日間浴びれなかったり、床寝やソファー寝が続いたりするとさすがに疲れがたまって家のベッドが恋しくなるけど、さらに今回はタムタムとラミーも恋しくてベンに毎日様子を聞いていたけど、でもでもやっぱりツアーは楽しいのでした。
ノッティンガムでのライブ。photo by James Indiehorse
そして気づけばもう5月も後半。あーーーやることいっぱいなのに相変わらずなかなか進んでいない……ほんとに1日少なくとも36時間あったらなあ……。

■today's disc:Trash Like Me/ Nobunny
ゴールデンウィークに満を持して来日、Mule TeamとジャパンツアーしたNobunnyをめちゃめちゃ観たかったのに日本に帰れなかった私(涙)の代わりに、ロンドンからちょうどこの時期東京に遊びに行きやがったスペイン人の友達NachoがNobunny見に行って、この素敵な限定ソノシートをおみやげに買ってきてくれました(泣)。

2016年2月3日水曜日

ニャンコが家にやってきた

年が明けたと思ったら、もう2月。2016年も超速で日々が過ぎていってます。相変わらず毎日追われっぱなしですが、そんな中、なんとなんと、最近ついに我が家に猫がやってきたのです!

私自身は、小さい頃から実家で犬を飼っていたこともあって、ずっと犬派でした。思うに日本では周りに猫を飼っている人も少なく、知り合いが飼っていた猫と何度か触れ合う機会があったぐらいで、あまり猫に馴染みがなかった。この知り合いの猫も、可愛かったけど当時の私の目にはかなりムーディに映り、そこまで親近感を持つには至らず。野良猫は近所でよく見かけたような記憶があるけど、みんなハードコアな野良で形相も悪くほとんど近寄れないし、猫というと物陰からこっそり見ていたり、突然忍び寄ってきたりするイメージ、化け猫のイメージなんかもあって、犬に比べるとどうも心が許せないような気がしていたように思います。

それが英国に来てからは、一転して猫も大好きになりました。出会う猫の多くが人なつこく、猫好きの友人知人が多いせいもあるのかもしれません。こちらでは一般的に犬は非常によく躾けられていて飼い主にとても忠実。もちろん犬にもよりますが、多くは飼い主に忠実すぎて逆に他人と距離を置いているというか、親に「知らない人についていっちゃいけませんよ」と言われている子どものような感じで、身内と他人の区別をしっかりつけているような感じがあります(くどいようですが、もちろん犬によりけりで、誰にでも人なつこい犬もいっぱいいます)。しかしその点、猫はもっとユルくて、道端で見かける猫の多くが自由気ままでフレンドリー。仲良くなっても馴れ馴れしくなりすぎないところも何となく英国的な感じがしたりして笑。

ともあれ、犬か猫を飼おうという話はもうずいぶん前からしていて、昨年夏にローカルエリアにあるBattersea Dogs & Cats HomeCelia Hammond Animal Trustというアニマル・レスキュー・センターを訪れて登録も済ませていました。日本でこういう機関にお世話になったことがないのでわからないのですが、動物愛護精神に溢れる英国では犬猫の里親を希望して登録すると、最初にセンターのスタッフが、こちらが希望するペットを飼える環境かどうかをチェックしに家庭訪問にやってきます。

夏のある日、まずはBattersea Dogs & Cats Homeのスタッフがやって来て、フラットの間取りなどを確認した後、手短かに生活や仕事状況などを聞かれました。私は基本的に家で仕事をしているため、ペットの世話もしやすく、その点では犬でも猫でも問題なし。ただ、うちのフラットはコンパクトで、しかも2階で庭がないので、犬だったら大型犬以外なら大丈夫だけど、猫の場合は家の中だけで生活が事足りる(運動量が少なくていい)老猫になる可能性が高いと言われました。私は実家で犬を飼っていた経験はあるけれど猫を飼った経験はなく、一方、ベンは庭のある実家で猫を飼ったことはあるけど犬は飼ったことがない。正直、飼うなら少しでも長く一緒にいたいという思いもあり、この時点ではやっぱり犬かなあと思っていたのですが、その後、猫をメインに扱っているCelia Hammond Animal Trustのスタッフが家庭訪問に来た際に、子猫を引き取って屋内飼いで育てるという選択もあると言われて、考え直しました。自分たちの都合で猫を外に出さないというのも、最初はどうなのかと思いましたが「引き取り手がいないばかりに殺処分されてしまう猫が数多くいる状況を考えれば、引き取ってインドア飼いしてもらうほうがずっといい」と言われて納得できました。また子猫からインドア飼いする場合は、2匹一緒に飼った方が猫にストレスがたまらなくて良いと勧められました。このスタッフさん、とてもいい人で、ほかにもいろんなアドバイスをしてくれて、話を聞き終える頃にはもうすっかりこのセンターからペアの子猫を引き取ろうという気満々になっていました。しかしこの時点で私たちは日本への帰国を数週間後に控えていたので、ロンドンに帰ってきたら再度連絡して具体的な話を進めましょうということになりました。

ところが日本から帰ってきたらMM騒動で家の中に毒餌を撒くことになったため、またしばらくお預けになり、そうこうしているうちにあっという間にクリスマスが迫ってきて、ウェールズへの帰省でまた家をあけることになるので(猫は環境の変化を嫌うので、犬のように一緒にどこかへ連れていくことはできないのね)年明けまで辛抱することに。でも実際にこの目で一度猫たちを見てみたいと思い、クリスマス帰省前の週末に、うちから徒歩圏内のCelia HammondのLewisham支部のオープンデーに足を運んで、里親募集中の猫たちを見に行きました。そこで思ったのは、ホームページの写真で見るのと実際に目の前で彼らの姿を見るのとでは印象がかなり違うということでした。写真ではおとなしそうに見える猫がかなり野生的な感じだったり、その逆もしかりで、まあ、人間だって写真と実物じゃ違うってこと多いもんね、それと同じですな。

そして年が明け、どうにか無事に初めての英国での確定申告を済ませたところで(英国では1月末が〆なのです)、再びCelia Hammondのスタッフに連絡して、いよいよ本気で猫を選びに行きました。ケージに入れられているたくさんの猫の中から、事前にスタッフが私たちの条件に適った生後半年ぐらいまでのペアをピックアップしておいてくれたので、順番に見て行きました。どの猫も間近で見ると可愛くて愛着が湧いてしまい、見れば見るほど選ぶのが難しくなっていく。さんざん悩んで話し合った結果、特にベンが惹かれたタビーの兄弟猫に心を決めたのですが、まだ家に猫を迎える準備が整っていなかったので、とりあえず予約して1週間後に引き取りにきますと言うと、数日以上はキープできないので準備ができた時点で再度連絡するようにと言われました。そしてその週末にペットショップで猫用品を買い揃えたのですが、そうこうしているうちになんとこの兄弟猫が他の人に引き取られてしまい、再びふりだしに戻るはめに……。

今までウェブサイトでは最寄りのLewisham支部のページしか見ていなかったので、うちから電車で15分ぐらいのCanning Town本部のページもチェックしてみたところ、一匹すごく気になる猫の写真を見つけたので、その猫に会うべくどうにか連絡を取り付け、平日の夜Canning Town本部へ足を運ぶことになりました。

さっそく気になっていた猫の名前を伝え、猫舎に案内されたのですが、実はまだ一般に公開されていないという子猫もけっこういて、その中から何匹かおすすめのペアを紹介されました。やっぱりそれぞれの猫の性格もあるし、またペアで引き取るとなると猫同士の相性もあるので見定めが必要です。長居してさんざんいろんな猫と触れ合った後、最終的に2ペアに絞ったのですが、その日はどうしても決められず、一晩考えることに。といっても帰り道に話しているうちに心が決まり、翌日Celiaに意思を伝え、いよいよ週末に引き取りに行くことになりました。

ちなみにこちらのスタッフは基本的にボランティアですが、みなさん本当に親切で、猫への愛をひしひしと感じます。獣医も兼ねているセンター内の仕事のみならず、ロンドン市内の野良猫の救助活動なども行っていて、文字通り朝から晩まで働いているのです。しかもCanning Town本部とのやりとりで対応してくれたのは、なんと創業者のCeliaさんご本人だったのですが、毎日本当に忙しそうな中、寛大にいろいろ対応してくれて感激でした。

そして迎えた土曜の朝。再びCanning Townのセンターへ足を運ぶと、ロビーは猫を引き取りに来ている人たちでいっぱい。聞いたところによると、大抵いつも週末に40組ぐらいの引き取り人が来るそうです。ちなみに引き渡される猫はすべて去勢済みで、身元確認のためのマイクロチップも挿入されています。引き取りにあたっては寄付を納めるのが通例となっていて、1匹につき少なくとも50ポンドが目安として提示されています。私たちは2匹ということで、感謝の気持ちも込めて、合計150ポンドを寄付しました。すべての手続きを終えた後、持参したケージに2匹の子猫を入れて電車で自宅へ。引き取ったのはオスとメスの生後約10〜12週間のきょうだい猫で、オスの方は全然物怖じせずにいるのに、メスの方はかなり怖がって震えっぱなしでとても可哀想でしたが、どうにか無事に家まで連れて帰りました。ケージを持っていると、通りすがりの人がみな中を覗いてはニコニコしたり、電車の中でも話しかけられたり。まあ私も逆の立場だったら同じことするなあと思い、動物と赤ちゃんにはみんな弱いんだよねと改めて思いました。

家に着いてケージを開けると、オスのほうはすぐに外に出てきてウロウロ。メスのほうはかなり怯えていて、なかなか出てきませんでした。センターのスタッフに、猫が環境に慣れるまでは、まず1つの部屋から始めた方がいいと言われていたので、とりあえず私が普段仕事しているスペアルームから始めることにしたのですが、実はこの部屋、猫にとっては隠れ場所がいっぱい。しばらくしてやっとメスも出てきたと思いきや、すぐにタンスの下に潜り込んでしまいました。そうこうしているうちに、オスの姿も見えなくなって、こんな狭い部屋なのに全然見つからないって、どういうこと!? と、狐につままれたような気持ちになりましたが、いやーほんと彼らは隠れ上手で、思いもよらないところから家具の隙間に入り込んで隠れているのでした。最初は全然物怖じせず、フレンドリーに見えたオスの方も、やはり急な環境の変化で興奮状態なのか、隠れているところを覗き込んで声をかけたら、すごい怖い顔でシャーッと威嚇してきて、さすがに私、これにはしょんぼりしました。反抗期の子どもに対応する親ってこんな感じなのかもね……みたいな笑。

この日の午後の彼らはもう、キャパオーバー状態だったと思われ、最終的には2匹ともタンスの下で爆睡。あまりに身動きもせず静かに寝ていて心配になるほどでしたが、ネットで調べたところ、こういうことは初日から慣れるまでの間によくあると書いてあったので(猫が隠れ場所からついに出てくるまで28日間も待った、というブログも見ました笑)ひとまず様子を見ることに。すると夕方になってまずオスの子が出てきて、早くもオモチャで遊び出しました。メスの方は夜までほとんどずっと寝ていて、ちょっと顔を出してもすぐにタンスの下へ逆戻り。でも徐々に慣れてきたようで、翌日にはやっと出てきて、元気な姿を見せてくれました。

というわけで、かなり詳細にわたって長々と経緯を綴りましたが、ここでやっとご紹介。こちらが男の子のタビー猫、その名もTugboat(愛称Tamtam)です!

そしてこちらが女の子のブラック&ホワイト猫、Rumbelow(愛称Rummy)!

きょうだいとあって、どちらも少し毛足が長く、胸元と足元が似ています。てゆーか、ほんとにもう、めちゃめちゃ可愛いです!!!
見てください、このあどけない表情を♥
現在うちに来て2週間半が経過しますが、すでにこの写真よりだいぶ成長しています。家にもすっかり慣れて、今ではスペアルームのみならず、フラット全域に遊び場を広げています。オモチャを取り合ってケンカしたり、かくれんぼや追いかけっこしたりと、ほんと人間の子どもとやってること変わらないような……。走り回るわ、取っ組み合うわ、跳ねるわ、飛びつくわ、一人で(一匹で)狂ったようにオモチャと戯れるわで、家の中で連日オリンピックが開催されている状態(短距離走から高飛び、幅跳び、ラグビー、レスリング、その他各種競技)。ドタバタとかなり賑やかです。でもきょうだいなので、どんなに取っ組み合っても最後は仲良く揃ってグルーミングしたりしていて、本当にかわゆいのだ♥ タムタムはやんちゃだけど人なつこい甘えん坊。私たちがやることなすことすべてに興味津々で、すぐに寄って来ては「なになに!?」っていう感じで覗いてきます。大抵いつもしっぽがピンと上向き(ご機嫌)、しかも一人でよく喋ってて(ほんとに喋ってるんですよ)オモロイ。一方、ラミーはちょっとクールで大人っぽいお姉さんという感じで、タムタムに比べると一見シャイで怖がりだけど、実はタムタムよりレスリングも強くハンティングも上手な賢い女の子。ハイ、もうすっかり親バカ状態です。でもしばしば仕事も手につかないぐらい可愛くてオモロくて、今のところ毎日オニのように写真やビデオを撮りまくっております。
癒しフォト:テーブルの下の椅子の上で昼寝中
お気に入りのお魚を手に得意気なタムタム
悩殺乙女♥

えーと、探してたのはどの本だったっけな?
本棚の上でサボテンとともにチーズ 
自分の姿を鏡を見てギョッ!とするラミー
上から猫文字で「M」「J」(マイケル・ジャクソン)……ホワッツ・マイケル!?
晴れた土曜日の和みフォト
ペットショップやオンラインで猫用のオモチャをいくつか購入し、なるべくたくさん遊ばせるようにしているのですが、かなり激しく追いかけたり飛びついたりするので、1つのオモチャが3日と持たないw。そこで電池で動いたり、光ったりするオモチャを買い与えてみたところ、ハイテクすぎてビックリしたようであまり食いつかず。なんだかんだいってもやっぱり子どもなので、単純なアナログ系オモチャの方がいいみたいです。
こちらが彼らのお気に入りのお魚とマウス。毎日これらを巡って
取っ組み合いのケンカをしてます
というわけで、今後ちょくちょく猫関連のポストが入ってくると思いますが……引き続きどうぞよろしくでございます〜。

■today's disc:Cheap Date/Cat Smell
ベンが以前在籍していたThe Give It Upsの、ベン以外のメンバー+PAMsでもおなじみのMadsから成るバンド。ベースを弾いていたMadsがデンマークに帰っている間、私がベースを手伝うことになったものの、このところしばらく活動していなかったのですが、最近またボチボチ活動を開始して、来週、再来週と久々にライブがあります。メンバーが猫好きというだけで、特に猫について歌っているわけではありません。

2015年12月31日木曜日

バイバイ2015

2015年もいよいよ終わり。日本はもう明けましたね。おめでとうございます。

クリスマス直前からウェールズに来て、あっという間に1週間。昨年は天気に恵まれて、滞在中あちこちウォーキングに出かけたりしたけど、今年はずーっと雨、暴風雨続きでほとんどどこにも行けてません。英国北部は深刻な洪水被害に見舞われていて、それどころではない騒ぎですが……。でも先ほどほんの数時間だけパアッと晴れたので、久々に近所をぶらぶら歩いてきました。曇り空だととても寒々しいカントリーサイドの風景も、日射しを浴びると途端にきらきら輝いて見えるのがすごい。
風が強くてちょっと寒いけど気持ちいい


今年のクリスマスも、昨年と同様にクリス、ベン、ポール、私の4人で過ごしました。今年はさすがに料理しないわけにはいかないかも……と内心ひやひやしていたのですが(笑)、メインの料理は昨年同様クリスが担当し、ターキーは丸焼きじゃなくて胸肉のローストにサイズダウンしました。私たちは野菜などを手伝い、また肉を食べないベンは、クリスのアイデアで、サーモンのクルートを作りました。

サーモンの切り身(巨大)の間にほうれん草とパプリカを挟み……
パイ生地で包みます
気持ち、クリスマスの飾りを
オーブンで焼いてできあがり
クリスマスの食卓
スモークサーモンの前菜
相変わらずとても美味しかったローストディナー
デザートにはクリスマス・プディングをいただきました
今年は去年の教訓からなるべく食べ過ぎないように気をつけて、ローストディナーも取り分を少なめにするように心がけました。おかげで死ぬほど満腹になるようなことにはならず、目安のために持参したキツめのジーンズのファスナーもまだちゃんと閉まります(笑)。それにしてもクリスは本当に器用で、改めて感心してしまいます。彼の手づくりのミンスパイも、相変わらずとても美味しいのでした。

お菓子といえば、おなじみホワイトさんちのベーカリーのジャムドーナツを今回初めていただいたのですが、とても美味しかった! 昔ながらのジャムドーナツ、絶品です。

おなじみのホワイトさんのパン屋さん
クリスマス翌日のボクシングデーは、昨年同様、ベンのお父さん方の親戚の毎年恒例の集まりへ。みなさん相変わらず朗らかで、和やかなひとときを過ごしました。

マギーおばさんの犬アルフィーも相変わらず元気いっぱい
めっちゃ舐められて、この日はしばらく「犬の匂いがする」と言われてました
そしてその翌日はベンのおじさんのファミリー宅へ。前にも紹介したことのある、犬が3匹いる家ですが、な、なんと今回1匹増えて4匹になってました!! きゃーっ♥

この子が新入り、生後6ヵ月のコスタ
この通りの可愛さ♥
犬の綱引き、かなりワイルドで興奮し始めるともう大変です
そうそう、ベンの実家にもいちおうネコが2匹いるのですが、もともと彼らは野生のネコで(今も半野生)、この家に出入りするようになり、住人に懐くようになるまで5年ぐらいかかったそうで、私はもちろん、ベンにもあまり近寄ってこない。ここに住んでいるクリスとポールにはもうかなり慣れているので撫でることもできるけど、私たちに対しては、足音が聞こえるだけでさーっと逃げてしまったり、クリスとポール以外の人がいる部屋には入ってこなかったりする。ところがここ数年の間に何度か足を運んでいたせいか、今回の滞在中、私が傍を通りかかっても逃げなくなった。まだ半径1m以内には近寄れないけど、かなりの進歩です。そのうちナデナデできる日が来るかしら!?
この日は写真まで撮らせてくれましたよ!
というわけで以上、今年のクリスマス&動物ダイジェストでした。2015年はこちらウェールズで年越しです。そろそろ今年最後の夕飯の準備……英国では特に大晦日の料理とかないので(お正月とかないし)、日本の年越しそば的な感じでヌードル、でもそばじゃなくて麻婆ラーメンです(笑)。

2016年が、みなさんにとって実りある素敵な一年になりますように!
ハッピーニューイヤー!