というわけで遡りまして、年の瀬も押し詰まった29日。朝起きて窓の外を見ると、あたり一面、霜と霧で真っ白。庭の向こうに見える湾もすっぽりと霧に覆われて、湾そのものが消えてしまったかのよう。
これが通常の眺め |
こちらはこの日の朝の様子。真っ白で何も見えず |
ところでクリスマスの時のターキーですが、もちろん全部は食べきれず、残りはどうするのかと思っていたら、スープにするんだそうです。ベンもかつて肉を食べていた頃はこれが大好きだったというんだけど、話を聞いただけだとあまり美味しそうな感じがしなかったし、実際スープを作っている時の匂いもとても肉肉しくて、ちょっと苦手かもという気さえしていた。でも、せっかくなのでちょっと味見させてもらうと……あらっほんと、けっこう美味しい!
何で味付けているのか聞くのを忘れたけど、ウースターシャーソースとか お醤油とかを使っているような味。胡椒がぴりっときいててウマい |
さて最終日はかねてから行きたかった、ラーンにあるディラン・トマスのボートハウス・ミュージアムへ。ディラン・トマス(1914-1953年)はウェールズ出身の早世の詩人・作家で、以前一度ラーンに来た時に、タフ川を見下ろすように突き出した彼の仕事部屋だったという小屋は外から覗いたんだけど(この小屋は彼の死後からほぼそのままの状態で保存されているらしい)、ミュージアムに足を運ぶのは今回初めて。
左上に見えますのが、仕事部屋だったという、その小屋です |
こちらが正面から見たその小屋です |
表の小窓から中を覗くとこんな感じ。床に投げ捨てられた原稿や机の上のマグカップもそのまま残されている |
ともあれ、この小屋から数百メートル離れたところにある、かつて彼とその家族の自宅であったボートハウスがミュージアムになっています。
いまだに詩人の息づかいが聞こえてきそうな雰囲気(実際、彼の有名なラジオ劇「Under Milk Wood」の自身による朗読が延々と流れていて、その独特な発声が呪文のように耳に入ってくる)で、窓から射し込む日差しとか、言葉を失うほどきれいなタフ川の眺めとか、もう、彼がここに居を構えようと思った理由が言わずもがな理解できてしまうようなピースフルな空間。本人によるラーンに住み着いてしまった理由というか経緯を綴った一文も飾ってあった。それによれば、彼はある日この村に日帰りの予定でやって来たが、帰りのバスに乗るのを忘れてしまいそのまま居着いてしまった、とのこと。
何枚か写真を撮った後に「館内撮影禁止」の表示に気づいたので、律儀に写真は控えますが、一枚ぐらいならいいだろうってことで、デスク周りの写真を。
2階には多言語に翻訳された作品の数々(日本語版も数冊ありました)や、著名人をはじめとするさまざまな人との書簡(彼は生涯、本当に数多くの手紙を書いたらしい)、当時ウェールズのローカル新聞に掲載された死亡記事(アメリカ朗読ツアーで訪れたニューヨークにて39歳の若さで急逝)などが展示されている。彼の生涯を伝える約20分の古いドキュメンタリー映像も興味深く見ました。
正直、言葉の壁もあり、今のところまだ作品自体に何か強く心を動かされたり(朗読にはやはり何か感じるものがありましたが)その重要性を認識したりとかは全然していないんだけど、ジョン(ベン父)も「昔は全然ピンとこなかったんだけど、ある時から突然ググッときたんだ」と言っていたので、私もそんな日が来るのかも(または来ないのかも)などと思いつつ、今後もぼちぼち彼の作品を読み進めていこうと思っています。
そういえば入口に続く庭先に、オヤジの洗濯物のようなものが干してあって、個人のものなのか展示なのかイマイチわからなかったんだけど、ま、おそらく展示よね。なんにせよいい感じだったので激写。
ももひきは万国共通の防寒対策ですね |
この町のランドマークでもあるラーン城 |
散歩中の犬も光をいっぱい浴びて幸せそうでした |
ボートハウスを出るともう夕暮れが間近に迫っていました |
というわけで、長々と続いたクリスマスの想い出話もこれにて終了でございます。いやはやいやはや。
today's book:A Child's Christmas in Wales/Dylan Thomas
ウェールズに住むある少年のクリスマスの想い出を綴ったディラン・トマスによる児童小説。日本語版のタイトルは「ウェールズのクリスマスの想い出」です。あえて言えば(本当になんとなく、ですが)宮沢賢治と谷川俊太郎に町田康っぽさを加えたような感じかしら……(それってかなり最強か)。何はともあれ、ウェールズでクリスマスを体験した今これを読むと、やっぱりちょっとしみじみするものがありました。
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